インターネットやめる(やめない)話と、16歳の少女の自殺について

前回の記事から180度言ってることが変わるが、インターネットをやる(抽象的表現)のがつらくなったので暫く自粛しようと思う。

事の発端は文春が出した、農業アイドルが自殺した事件についての母のインタビュー記事だ1。例の記事を読んでしまい、そのあまりの救いのなさに怒りと悲しみがとめどなく溢れてきて、やるせなさから2日寝込んだ。

医者から楽しいことをやるようにと言われ、ならばと楽しいこと探しをしている最中にあの記事に出会ってしまった。世の中にはつらいこと苦しいことが溢れていて、それは自分の見えないところでも日々起こっているとわかっていたつもりだが、それでも目の前に突きつけられると最悪な気分になるし、つらい。

その時の様子。

こういった出会いはインターネットをやっていればまま有ることで、今回の遭遇も自分にとってはよくあるもののひとつだと思っていたのに、想像以上に衝撃を受けてしまった2

今の自分には痛ましい事件や事故を自分の外側のものとして受け止められないということらしい。普通の状態であれば怒りや悲しみが沸きこそすれ、それで2日も寝込まない。無自覚に危険な行動をとっていて、それで車にはねられたようなものだと思う。交通事故を防ぐためには、ばかみたいに車道に飛び出して歩かないようにする他ないわけで、Twitterや一般ニュースのフィードは暫く見ないことにした。はてブは悪い文化。

日報はいい習慣だと思うので続けようと思う。Twitterは、心に湧いたとりとめのないことを書き残すのにちょうどいいので続けたい気持ちもあるけど、自分はふぁぼり魔なのでタイムラインを見ないようにしててもすぐ見たくなってしまうと思う。だからやらない。時々API叩いて何か出力されるかもしれないけど他の人のツイートは見ていないと思う。とりとめのないことはscrapboxに書いていく。

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ここまでが自分の話。

件の母親の告白について、混乱した頭では稚拙なことしか言えないので今言えることは少ないんだけど、それでも。

周囲の大人の対応が、ことごとく16歳の少女に対しての行いではないということが、どれだけ彼女を追い詰めただろうと思うと胸が苦しくなる。 本人には周りの環境が全てだろう、特に子供はそういうものだし、受け入れてしまいがちだが、それでも転校したいとか、(信頼していたという)Sさんがこわいから行きたくないとか、親に訴えるのは尋常ではないということは容易に想像できる。大人がケアしてあげるべきところで逆に責められる環境が、自殺の方法を調べて即実行という、突発的で最悪な選択を彼女にさせてしまった。

16歳は"未成熟な大人"ではなく、"子供"だ。自分はアイドルのことはさっぱりわからないが、夢見る子供はあやふやで向こう見ずだ。同世代で比較して責任感の強い子であってもだ。 普通のアルバイトでさえそのことを考慮して受け入れつつ働かせるのだから、アイドル業界は曖昧で危険な生き物の貴重な時間を借り受けてビジネスをしていることを当然自覚して運営すべきだが、マネジメントはアイドル事務所ですらないという。まっとうな大人がそばに一人でもいれば防げたことだし、それがなかったというところに、農家の出身としては日本の農業が陥っている閉ざされた異常な環境にまで考えが及んでしまう。

母親を責める声があるが、第一に責めるべきはそちらではないだろう。第二に、ということかもしれないが。子供を守る力に乏しい親というのは見ていて切ない。それが怒りになるのかもしれないが、追い詰めるのはやめたほうがいいと思う。

いま悲しみや怒りに苛まされているのは上記のような心境からだと思う。彼女は私にとって全然知らない人だし、私は完全に部外者なのに、どうしようもなく怒りが湧いてくる、ひたすらに悲しい。

つまづいたり失敗したり揺れる子供を、大人が追いつめてしまわない社会であること、少なくとも、少年少女の夢や希望がこんな最悪な形で終わることのない世の中であることを望みます。

大本萌景さんのご冥福をお祈りします。


  1. 母親が告白 農業アイドルだった大本萌景さん(16)は、なぜ自殺しなければならなかったのか | 文春オンライン

  2. 書いていて感じたが、少女の自殺でこんなにも心を揺さぶられてしまうのは、私が過去に自殺で女友達をなくしているからかもしれない。